半導体レーザの注入同期現象に関する研究(1995年~2000年)

1.はじめに
 自ら発振している半導体レーザに外部から発振波長に近い波長を持つ光を入射すると半導体レーザの発振波長が入射光の波長に引き込まれる現象が現れる[1].このような現象は,注入同期現象と呼ばれており,光を増幅する手段として古くから用いられて来た.
 本研究では,このような注入同期現象を応用した光信号反転器,カオス信号生成器,さらに,ダイナミック光メモリについて検討を行った.以下にそれぞれの研究について紹介する.

2.光信号反転器(インバータ)への応用[2]
 図1に提案した光信号反転器の構成を示す.発振波長がわずかに異なる同一構造の半導体レーザ(LD1, LD2),狭い透過波長帯域を持つエタロン,レンズで構成される.また,LD1から出力される信号光と反転した信号光の光パワを観測するためにビームスプリッタ,光検出器(PD1, PD2),オシロスコープを設けている.
 図2は,2つの半導体レーザのファブリ・ペロー共振器モード,発振波長,エタロンの透過スペクトルの関係を示している.2つの半導体レーザは,共振器長や屈折率で決まる等間隔の共振器モード(縦モード)を持つ.屈折率のわずかな違いによって,2つの半導体レーザの縦モードにわずかな波長差Δλが生じる(図2(a)).Δλは半導体レーザの温度や注入電流で制御できる.まず,LD1の縦モードがLD2の縦モードより短波長になるように各レーザの温度を設定する.縦単一モード半導体レーザは,通常一つの縦モードでレーザ発振が起こる(図2(c)).ここで,LD1とLD2の発振波長をλ1,λ2とする.次に,エタロンの角度を調整して透過波長λcをLD1の発振波長に合わせる(図2(b)).このとき,LD1の出力光はエタロンを通過してLD2に注入されるが,LD2の出力光はエタロンで反射されて光検出器PD1に入射する.ここで,波長差Δλが引き込みが生じる波長の幅(同期幅)より大きければ,2つのレーザは異なった波長で発振する.この状態からLD1の注入電流を上げていくと,出力パワP1が増加するとともに,素子の発熱によって発振波長が長波長側へとシフトする.その結果,Δλが同期幅より小さくなり,LD2の発振波長がLD1に引き込まれる(図2(d)).そして,LD2の出力光がエタロンを透過するようになり,PD1のパワが低下する.さらにLD1の注入電流を上げると,Δλが再び大きくなり,やがて同期が外れてLD2の発振波長がλ2に戻る.その結果,PD1に入射するパワが再び増加する.
 図3の左の図は,このような動作を実験で確認した結果である.LD1の出力パワP1がおよそ7~10 mWの範囲で注入同期が起こり,光検出器PD1のパワP0が低下していることがわかる.また,図3の右の図は,LD1の注入電流を変調して,LD1の出力パワP1(青線で表示)と光検出器PD1のパワ(赤線で表示)の時間変化を測定した結果を示している.P1の反転波形が得られている.
 本方法は,光学系や動作パラメータ(温度,発振波長,エタロンの透過波長など)に精密な調整が必要であることや応答速度が遅いことが難点として挙げられるが,光信号を反転させる一つの方法として大変興味深い.

図1 光信号反転器の構成.

図2 半導体レーザの発振波長とエタロンの透過波長の調整.

図3 光信号反転動作の実験結果.

3.カオス信号生成器への応用[3]
 当時,光カオスをダイナミック光メモリや秘匿通信へ応用することが検討されていた.カオス信号を生成する一つの方法として,非線形な入出力特性を示すシステムに対して,出力信号に時間遅延を与えて入力にフィードバックする方法がある.図3の左の図に示した非線形な入出力特性は,カオス信号生成器へ応用が期待できる.そこで,図4に示すように上で述べた光信号反転器の光検出器PD1の信号に遅延を与えて増幅を行い,半導体レーザLD1の駆動電流にフィードバックする電気回路を構成して時間応答波形を観測した.
 増幅器の利得を大きくすると,図5に示すように安定状態から,遅延時間の2倍の周期で2つの値を交互に示す周期2状態へ移り変わり,利得をさらに大きくすると,遅延時間の4倍の周期で4つの値を順番に示す周期4状態を経て,不規則な時間変化を示すカオス状態へと移行した.
 また,このようなカオス信号生成器の振舞を数値シミュレーションにより再現した.

図4 光-電気ハイブッド型カオス信号生成器.

図5 光検出器の時間応答.

4.ダイナミック光メモリへの応用[4]
 図4に示したカオス信号生成器には,図5(右上の図)に示すように遅延時間の2倍の周期で低い出力レベルと高い出力レベルを交互に出力する周期2状態が現れる.ここで,システムが低い出力レベルを示している時に,外部からディジタル信号を入力すると,書き込まれた信号は,反転を繰返してシステムに保存されると予想される.そこで,図6に示すように,光信号を書き込むための半導体レーザLD3を用意して,光検出器のパワがローレベルに切り替わった直後にNRZ(Non-return-to-zero)信号を書き込んだ.図7は,実験結果の一例を示している.ここでは,(01101100)の8ビット信号を書き込んでいる(左上の図).信号を入力した後,しばらくの間は,反転を繰り返して信号が保持されている(下の図と右上の図,右上の図は記録された信号を拡大した波形).しかしながら,時間が経過するとパルス幅が変動して,最終的に信号が消滅する問題が生じた.数値シミュレーションを行うことにより,システムで発生するノイズがパルス幅の変動や信号の消滅を引き起こす原因であることを明らかにした.

図6 ダイナミック光メモリの実験系.