共振器モードの選択励起とその応用に関する研究(2000年~現在)

1.はじめに
 本研究は,スタンフォード大学ギンズトン研究所のSiegman教授の研究グループで始めた擬似スタジアム型半導体レーザの研究[1,2](カオス共振器レーザの研究の紹介ページ参照)を発展させた研究である.具体的には,共振器の中に複数の安定周期軌道が現れるように共振器の設計を行い,それぞれの安定周期軌道に沿ってビームが伝搬する共振器モード(空間モード)を選択的に励起する方法を提案した.また,このような選択励起の応用の可能性について検討を進めている.以下に主な研究成果について紹介する.

2.擬似スタジアム型半導体レーザにおける空間モードの選択励起
 図1に2つの曲面ミラーと2つの側面ミラーで構成される擬似スタジアム型共振器に閉じ込められる光線の軌道を示す.このような単純な形の共振器であっても,様々な光線軌道が現れる.この共振器を「擬似スタジアム型」と呼んでいる理由は,一般的なスタジアム形[3](正方形に2つの半円を繋げた形)と異なり,共振器の長さが幅に比べて十分長いことと曲面ミラーが半円でないためである.

図1 擬似スタジム型共振器に閉じ込められる光線の軌道.

 本研究では,図1に示した軸軌道と菱形軌道に沿ってビームが伝搬するモード(軸モードと菱形軌道モード)をそれぞれ個別に励起する方法(発振させる方法)を検討した[4,5,6].まず,軸軌道と菱形軌道以外の軌道を除去するために図2に示す共振器形状を採用した.共振器の四隅には吸収領域が設けられており,ここに入射した光は再び共振器に戻ることはない.次に,軸軌道と菱形軌道がともに安定周期軌道になるように共振器長Lを600 μm,曲面ミラーの半径Rを600 μm,共振器の幅Wを60 μmに設計した.ここで,安定周期軌道とは,軌道から光線が多少それても周期軌道から離れることなく,その周りを回り続けるような軌道である.半導体レーザの縦構造には,GaAs/AlGaAs屈折率分布分離閉じ込め単一量子井戸構造を用いた.

図2 軌道を制限した擬似スタジアム型共振器.

 図3は,それぞれ軸軌道と菱形軌道に沿って電極コンタクト領域(電流を注入する領域)を設けたレーザに対して,放射パターン(遠視野像)を測定した結果を示している[4].軸軌道に沿って電極を設けたレーザでは,軸軌道に沿ってビームが出力されており,菱形軌道に沿って電極を設けたレーザでは,菱形軌道に対応する出射方向(約±19°の方向)にビームが出力されている.このことから,電極の形状によって軸モードと菱形軌道モードを個別に励起できることを示した.しかしながら,放射パターンを見るとビームの形状が乱れていることがわかる.拡張Fox-Liモード計算法を用いて共振器モードの計算を行ったところ,このビーム形状の乱れは,最低次モードと高次モードが同時に発振することにより生じたものと結論付けられた[4].

図3 擬似スタジアム型半導体レーザの放射パターン.

 単峰性のきれいなビーム形状を得るには,高次モードの発振を抑えることが重要である.高次モードのビーム幅は,最低次モードのビーム幅に比べて広い.高次モードの発振を抑える方法として,電極コンタクト領域の幅を狭くして高次モードの利得を抑える方法と曲面ミラーの幅を狭くして高次モードに過剰な損失を与える方法が考えられる.そこで,これら2つの方法について検討を行った.
 図4は,電極の幅を2 μmまで狭くした擬似スタジアム型半導体レーザの放射パターンを示している[5].高次モードの発振が抑制されて単峰性のビームが得られていることがわかる.図5は,拡張Fox-Liモード計算法を用いてそれぞれ軸モードと菱形軌道モードの最低次モードを求めて放射パターンを計算した結果を示している.図4に示した放射パターンと良く対応しており,最低次モードで発振していると結論付けられる[5].

図4 電極幅を狭めた擬似スタジアム型半導体レーザの放射パターン.

図5 拡張Fox-Liモード計算法で求めた共振器モードの放射パターン.

 図6は,曲面ミラーの幅を20 μmまで狭くした擬似スタジアム型半導体レーザの素子構造と菱形軌道モードを選択的に励起したときの放射パターンを示している[6].菱形軌道に対応する2方向にビームが出力されており,20 mWの光出力まで最低次の菱形軌道モードで発振することを確認した.

図6 曲面ミラーの幅を狭めた擬似スタジアム型半導体レーザの放射パターン.

 以上の検討結果から,光を閉じ込める共振器の形状と電流を注入する電極の形状を適切に設計することで所望の空間モードを選択的に励起できることを示した.

3.選択励起技術の応用の可能性
 上で述べた選択励起技術の応用の可能性について検討を行っている.図2に示した擬似スタジアム型共振器には,軸モードと菱形軌道モードの2種類のモードが存在する.図5に示すようにこれらのモードは,異なった放射パターンを示す.したがって,軸モードと菱形軌道モードの発振を切り替えることができれば,ビームスイッチ機能を備えたレーザが実現できる.そこで,図7に示すように菱形電極の中に短い軸電極を設けた2電極構造の擬似スタジアム型半導体レーザを試作して,ビームスイッチ動作を検証した[7].図8は,それぞれ軸電極と菱形電極に電流を注入した時の放射パターンを示している.軸電極に電流を流した時は軸モードが励起され,菱形電極に電流を流した時は菱形軌道モードが励起されていることがわかる.また,5 mWの低出力動作では単峰性のビームが得られているのに対して,出力パワーを10 mWや15 mWに上げるとビームパターンが乱れている.図7に示すように今回の設計では,共心型共振器条件(L=2R)を採用している.この共振器の条件は,曲面ミラー(端面)におけるビーム幅を広げることが可能であるが,共振器中央(ビームウエスト)におけるビーム幅が小さくなり光密度が高くなるという欠点がある[8].高出力動作におけるビームパターンの乱れは,ビームウエストで生じた非線形効果が原因であると推測される.この問題は,図6に示した共振器のように共焦点型共振器条件(L=R)を採用することで解決できると考えられる.

図7 ビームスイッチ素子.

図8 ビームスイッチ素子の放射パターン.

 無歪量子井戸構造の半導体レーザは,通常,TE(Transverse Electric)偏光モードでレーザ発振が起こるが,我々は,菱形軌道の端面入射角をほぼブリュースター角に設定した2次元共振器レーザにおいてTM(Transverse Magnetic)偏光モードの発振が得られることを明らかにしている[9].図7に示したビームスイッチ素子において,菱形軌道の端面入射角をブリュースター角に設定すれば,出力ビームの出射方向のみならず,偏光方向も切り替えられると考えられる.共振器の形状を利用したビームスイッチ素子や偏光スイッチ素子は,選択励起の一つの応用例として興味深い.
 その他の応用の可能性として,高速物理乱数生成に用いる小型カオス信号生成素子が検討されている[10,11].また,2次元共振器半導体レーザを用いたレーザジャイロも提案されており,共振器の設計が行われている[12].このような素子においても,特定の安定周期軌道に対応した所望のモードを選択的に励起する技術が重要になる.2次元面内に光を閉じ込める2次元共振器レーザとその空間モードを選択的に励起する技術は,学術的な観点のみならず応用の観点から見ても興味深い研究課題であると考えている.

4.謝辞(所属と役職は2014年当時のものである)
 擬似スタジアム型半導体レーザの研究を始める機会をいただいたスタンフォード大学の故・Siegman教授に心から感謝致します.また,2次元共振器レーザの研究を共同で行ったNTTコミュニケーション科学基礎研究所の篠原晋博士,早稲田大学の原山卓久教授,金沢大学の砂田哲准教授に深く感謝致します.本研究の一部は,科学研究費(若手研究(B)課題番号00264911)の補助を受けて行った.様々なご支援とご協力をいただきました株式会社国際電気通信基礎技術研究所,NTTコミュニケーション科学基礎研究所,NTTアドバンステクノロジ株式会社の関係者の皆様に心よりお礼申し上げます.

5.参考文献
[1] T. Fukushima, S. A. Biellak, Y. Sun, C. G. Fanning, Y. Cheng, S. S. Wong, and A. E. Siegman, Lasing characteristics of a quasi-stadium laser diode, Conference on Laser and Electro-Optics (CLEO’97) OSA Technical digest (Optical Society of America), paper CWF6, 1997.
[2] T. Fukushima, S. A. Biellak, Y. Sun, and A. E. Siegman, Beam propagation behavior in a quasi-stadium laser diode, Optics Express, vol. 2, no. 2, pp. 21-28, 1998.
[3] M. C. Gutzwiller, Chaos in classical and quantum mechanics, Springer Verlag, New York, 1990.
[4] T. Fukushima, T. Harayama, T. Miyasaka, and P. O. Vaccaro, Morphological dependence of lasing modes in two-dimensional quasi-stadium laser diodes, Journal of the Optical Society of America B, vol. 21, no. 5, pp. 935-943, 2004.
[5] T. Fukushima, S. Sunada, T. Harayama, K. Sakaguchi, and Y. Tokuda, Lowest-order axial and ring mode lasing in confocal quasi-stadium laser diodes, Applied Optics, vol. 51, no. 14, pp. 2515-2520, 2012.
[6] T. Fukushima, S. Shinohara, S. Sunada, T. Harayama, K. Arai, K. Sakaguchi, and Y. Tokuda, Selective excitation of lowest-order transverse ring modes in a quasi-stadium laser diode, Optics Letters, vol. 38, no. 20, pp. 4158-4161, 2013.
[7] T. Fukushima and T. Harayama, Axis and ring mode switching in multi-electrode GaAs quasi-stadium laser diodes, CLEO/QELS and PhAST Technical Digest on CD-ROM (The Optical Society of America, Washington, DC, 2007), Paper JWA127, 2007.
[8] T. Fukushima, Analysis of resonator eigenmodes in symmetric quasi-stadium laser diodes, Journal of Lightwave Technology, vol. 18, no. 12, pp. 2208-2216, 2000.
[9] T. Fukushima, S. Shinohara, S. Sunada, T. Harayama, K. Sakaguchi, and Y. Tokuda, Lasing of TM modes in a two-dimensional GaAs microlaser, Optics Express, vol. 22, no. 10, pp. 11912-11917, 2014.
[10] S. Sunada, T. Fukushima, S. Shinohara, T. Harayama, K. Arai, and M. Adachi, A compact chaotic laser device with a two-dimensional external cavity structure, Applied Physics Letters, vol. 104, no. 24, 241105, 2014.
[11] S. Shinohara, S. Sunada, T. Fukushima, T. Harayama, K. Arai, and K. Yoshimura, Efficient optical path folding by using multiple total internal reflections in a microcavity, Applied Physics Letters, vol. 105, no. 15, 151111, 2014.
[12] S. Sunada and T. Harayama, Design of resonant microcavities: application to optical gyroscopes, Optics Express, vol. 15, no. 24, pp. 16245-16254, 2007.